霧の木曜日

コケシの1人ゴトhttp://rinnnedou.cart.fc2.com/鉱物と変態的日常のゴミ箱と化す予定 https://gagagaruisu.thebase.in

おヴぇrgvべt

「サラムライ」

田嶋 浩輔は、五十六歳でありながら

子供はなく

八十に近い母親と二人暮らしであり

自宅から電車で三十分ほどの会社に通っていた

彼のやっている仕事は、主に、書類整理であり

その雑用は、入社以来、あまりにも変わっていない

彼は、八時に入社して、六時に退社

九時に、家に帰るという行動も

アキきもせず、41年以上続けていた

彼は、五十七になる前の秋

市内の体育館に居た

八月十六日日曜日

この男の唯一の青春が散るときがきたのだ

 

男は、トーナメント表を見ると

しばらくの間

体育館前の暗い廊下のベンチで、一人座っていた

もし、結婚していたら居たであろうか

そんなとしの子供達が、用具を持って

体育館を出入りしている

今日の大会は、成人の部だけが行われ

昨日は、高校生男女だった

男は、仕事であったので、見ることは出来なかった

男の荷物は、バスケットボールが、五つ程はいりそうな水泳のスポーツバックのようなもの一つだけであり

回りの喧噪とは違い

男に知り合いはいないらしく

ひとり、飲み物もなく

時間が過ぎるのを適当に待つだけであった

午前九時

参加者一同が集められ

余興のように、宣誓が、繰り返され

ようやく一礼して解散となった

時間は、午後五時程まで繰り返される

この市内には、二件の道場があるほど、比較的

苛烈を極める地区である

全員で男二十人ほどが

総当たりのトーナメント制となっていた

男は、宣誓の後三十分ほどベンチで座っていたが

時間となったので、先ほど着替えておいた胴着のまま

体育館内に入る

頭上には、幾重人の人が、下を見下ろし歓声を上げていた

案内の紙に見たとおりの

場所に行くと

袋から面を取り出す

胴着は、一度も使われていないような綺麗な物だったが

竹刀は異様に古く

飴に、磨かれたように黒くテカっている

両者は、線から一歩内側にはいると

審判員の声により

関取のようないや相撲取りが、しこを踏むように

又を割って、深くしゃがんだ

ハジメ

向こう側から

奇声のような鋭い声がして

こちらに、いきなり、竹刀を、振り下ろす

程良く飛んだ足が、男に近づくが

「コテェーエー」

一歩も動かず

男は、腰のあたりに構えていた

腕を、よくみがかれたワックスの塗られた

床ギリギリまで振り下ろしている

相手は、あろう事か、竹刀を、ぽろりとおろし

信じられないように、立ち尽くしていた

「イッポーン」

その後もう一本取った男は

何事もなかったかのように

先ほどと同じ作法で、背後まで下がると

一例をした

三本勝負で

内二本を男が制したのだ

しかし、そのやり方は、あまりにも異質だった

男は、同じように、二回戦も勝ち抜けた

先ほどまでと違い

次の対戦の方は

先ほどの男と同じように

動かなかった

相手は、伺うように、男の顔

そして、けんさきを注意深く伺うが

男は、それを、しってかしらずか

何事もないような

毒気が抜けるような歩みで

男に近づく

何をするのか興味深く探っていた

相手だったが

一歩はいごに退く

「イッポーン」

またしても、竹刀が、床に転がっていた

前年の優勝者が、勝ち抜けで、決勝戦に進み

第三回戦となった

その間に、昼食を挟んだが

男は、何も口にしなかった

相手は、柔道でもやっていそうな

大男であり

身長百六十程の男と比べると

かなりの差がある

相手は、ムチでも振るうように

先制をかねて、隙無く面に、振りかぶった

巨体に見合わず

男の飛躍

そして、面を打つ速度は速く

肉眼でようやくみれる程度であり

それを避けるのは中々難しいだろう

男は、それを、竹刀で受け止めることもせず

端から見ると

確実に、一本取られたかと思われたが

大男の竹刀は、落ちはしないが

床を、付いていた

そして、その横には、男がおり

まっすぐとした

竹刀が、中段のまま壁に向いていた

「イッイッポーン」

男に白い旗があがった

先ほどまでと違い

相手は、何度か、竹刀を、握り返す素振りをすると

威圧するように

動かない

じりすれるような時間がするかと思ったが

「コテェーエ」

先ほどと何分も変わらないように

歩いて進む男

その腕そのまま

その手は中段に構える

男の手に、押さえられていた

会場が、ざわめく

あり得ないと

決勝

相手は、白い胴着に

白い面

この町の道場の師範代らしく

何でも十段の持ち主だとか

面の目の場所は、透明なプラスチックらしく

見やすそうだ

しかし、男は、指して変わりなく

あいての前に、立った

男の勝利は全て

コテに、よって勝敗を決めた

男は、四十年

何があろうと

コテだけを、必用に、練習し続けた

負けたあの悔しさを

何十年と忘れず

ただ、練習だけを続けてきた

試合も出ずに

それは、ある種

特殊であり

型などでは、押さえきれない

未知な物へと進化していた

しかし、男は、全国大会に、行く前に

死去していた

享年56歳

癌であった